「同一昆虫」


とある日。ツイッターでワード検索して幼虫画像を発掘しては癒される遊びをしていた。
多分、幼虫が好きな人はやる人もいるんじゃないかな。
例えば、って例を挙げようとしたけれど、どことなく気恥ずかしいのでやめておく。
コツは、虫に興味ない人が幼虫に対して呼びそうな“あだ名っぽいワード”とかで検索すること。そうすると掘出し物に出会えたりする。
こういうのって、「幼虫」の部分を違うモノに変換すればいろんな人に理解してもらえるかもしれないね。

と、毎度ながら話が逸れていくけれど。そんな検索をやって一発目にあるツイート(画像)が引っかかって。そこからこの幼虫は無事に羽化したのかな〜?って気になって。遡らせていただいたら。ちょっと、胸にくる顛末に出会ってしまった。

その方は驚くことに細かく孵化したての状態から丁寧に観察されていて。私も去年初めて飼育したばかりであり、すぐにそのときのある種の初々しさ・たどたどしかった思い出が蘇ってきた。

突然餌を食べなくなると、不安が込み上げてくる感じ。いつもじっとしていて、餌を食べているところを初めてみたのは終齢に差し掛かってからだったり。そんな思い出がいくらでも蘇る。

「気がつけば、虫が苦手なのに、1日に頻繁にケースを覗くようになってしまった。家族みんなが幼虫に自分が付けた名前を呼んでいる。家族が積極的に世話をしている。もはやうちのアイドル」・・そんな感じで愛に溢れるような観察に、こちらまでワクワクしてくる。



さて、羽化するのかな。

そうやってスクロールしてゆくと、どうやら羽化したようだった。しかし。

羽化不全だったらしく。自分を責めるような言葉や悲観的なワードが沢山並んでいくのだった。

そして、その蝶はお別れをし、どこかに止まらせてきた。雨だから、死んでしまっただろう。もうアゲハは絶対に飼わない。“幼虫の名前”は家族間で禁句。
もしかしたら、その以降の呟きに後日談とかがあるかもしれないけれど。
私はとりあえずここで読むのをやめた。

ふー。

私は最後までスクロールした頃にはなんとも言えない感じで胸がつまってしまった。この、涙が出るのとは違う、「苦しみ」のような悲しさ。謎の憤りもあった。。

去年初めて羽化不全のアゲハが羽化したのを思い出さずにはいられない。
のびるはずの翅が何時になってものびることはなく、他の蝶と変わらないその大きな複眼とピンと対の触角、枝にしがみ付く長い脚。

発見時「転落」していて、すぐに枝につかまらせたが、それ(転落)が原因だった可能性が高い。遺伝子的な原因の場合もあるらしいが、プロでないので調べることは出来なかった。

あのときは虫の観察用のツイッターを更新する気が起きなくなってしまって、アカウントを削除し、アゲハの観察も続けようか否か悩んでいた。それほど可愛がっていた幼虫が無事に蝶になれなかったのは申し訳なかったし、しんどかった。不慣れながら給餌したけれど、長生きさせることはできなかった。だから、そのアカウントの心情か痛いほどわかった。だからこそ、それらの文章に心揺さぶられた。

しかし、彼ら彼女らは「完全変態」してゆく一つ一つに魂のある生き物だということをここでこっそり呟きたいと思った。タマゴも、幼虫も、蛹も、アゲハも全てが「同じ一頭の虫」の成長の過程であり、ヒストリーなのだということを。

少し飛躍しているし、何言ってんだ?と思われるかもしれないが、1年以上チョウやガを飼育していたらそれがやっと最近実感できてきて。
イモムシはそりゃあめっちゃ可愛くて。種類によってモチモチしてたりざりざりしてたりすべすべしてたり。
食草を消化して排出されるフンは葉っぱを直接揉んだにおいとはやはり違くて、その独特なにおいが幼虫のケースから漂ってくるとスンスン嗅いでしまう。いい匂い。
ヤブガラシを食べるセスジスズメやコスズメのフンの香りも苦手な人もいるだろうが、私はイモっぽい感じがほっこり感があって好きだ。
アゲハ類の臭角も最初はキツいな〜と思っていたはずなのに、最近は稀に出されるとこれはチャンスというばかりに吸い切ろうと(?)スンスンしてしまう。

まあ匂いフェチなのは置いておいて、飼育に適しているのは「幼虫」だというのは間違いないと思う。
孵化する際にタマゴバチ(寄生蜂)が出て来なければ、そのままその幼虫に餌をやり続けることで飼育が出来る。基本清潔な環境と餌さえあれば大人しいし、蛹になるまで数週間観察することができ、満足感もある。葉にタマゴを産み付けるタイプのヤドリバエに寄生されることもあるが、葉の洗浄を心がければかなり確率が低い。・・と幼虫飼育ゴリ押しにまた逸れそうだ。

そうやって、幼虫を飼育していると例えば“ナミアゲハ”を飼ってても“かわいいイモムシ”を飼ってる、という認識に無意識になる。
だが、あまりに彼ら彼女らの完全変態が凄すぎて、分けて違う生き物かのように考えてしまいがちだが、チョウもイモムシも“ナミアゲハ”なのが正しい。

(幼虫が蛹に変態してゆく上でドロドロに溶けてしまうが、幼虫のときの記憶は成虫になっても保持しているのか?みたいな難しい実験をした研究者がいたらしいけれど、幼虫は実は成虫の細かいもとを沢山散らばらせて持っていて、それがそのまま蛹の中で完全に溶けるわけでなく、成虫になる際に組み立てられてゆくらしい。あと、それらのもとの中に小さいが脳に値するものもあって、それが記憶となって受け継がれ、成虫になっても同じ危険を予測して回避したりすることも、あるみたいね)

難しいことはわからない素人だし、こういう話をここで垂れ流すのは知ったかでしかないからここらでやめておく。聞き流しておいて。

もー、なんだ、一言で伝わって欲しいから言うけれど

「その翅の縮れた、複眼がきらめく黒いアゲハは、柑橘類のフンをコロコロ落として、変な匂いのツノを出して、(模様だけど)目がくりっとした、ずんぐり肥った緑のイモムシと同一昆虫なのじゃよ!!!」ってこと。

同一昆虫!!同一こんちゅー!!!

同一昆虫!!同一こんちゅー!!!

・・きちがいみたいなのでそろそろやめよう。



私は今ごろそれがやっとわかったばっかだけど文章にすることはうまく出来ないみたいだ。