「趣味」

 

趣味って突き詰めると、息が絶え絶えになる位に突っ走るようになって、常に疲労感が付きまとうのがデフォになる。

 

始まりは何となくでしかなくて極めて適当、そんな適当を無為に事務的に繰り返してゆく中で要領的なものが微少なりともちょっぴりずつ掴めてくると、そんな事務的行動が単調に続くことでリズムをとるようになり、変な余裕が出てきて段々と色んなものに神経質に食指が動いてゆく。そんな段階になるとやるかやめるかの分岐点を決めるならそろそろかな、とか考え始める。この整理もワリと大切なのだ。

 

そんな「しゅみ」をずっと繰り返してゆく想像をめぐらせてみると、希望なんてなく、むしろ鬱っぽくのしかかってくる気がしてしんどい未来が懸念される。仕事とかでやってる訳じゃないからこれといった生産性は、無論ないし。

そういう、虚しさと惰性が拮抗し始めるネガティヴモードに入ってくると、もはや止めなければいけない気がして一瞬真っ当そうに見える理由をあれこれ見つけてきてはベタベタ貼り付け、虚しさに加勢させ、いつのまにかそれらの理由づけで易々と、習慣だったそれは潰れる。意外と脆い。因みに分岐点で整理しそびれたら、物理的なアプローチで破壊する・物理的でなくとも、継続不可能になりうる方法をしらみ潰しに順々にする、というやり方があるが、そんな余裕もないので一番可能性の大きいもので「ある日突然」爆弾を落とすようなイメージで破壊行動を遂行するしかなくなる。要するに徐々にフェードアウトすることって案外できないのだ。

 

毎日決まった時間をベースに無意識に、しかしどこかかったりいな〜と精神を摩耗させながら鬱々とやっていたその惰性的な行為。すぐ砕け散るが砕け散って半年以上経って、ある程度忘れてきて客観的になってくると、別にやっててもよかったんじゃ、なんて極めて他人事な楽観的感想が浮かんでくる。もはや思い出の中にはタノシソーに趣味に没頭している自分しか残っていない。都合良く脳を修正しているというよりは、都合の良いもの以外をメモリーから削除している感じだ。

 

でもしんどくても、メンドくはならなかった。

面倒くさいんなら、そもそもやらないから。

 

楽しいと、辛いは酷似している。