「集団行動」

 

チッ

 

某改札を出てすぐの待ち合わせスポット周辺、人通りが特に激しいあの場所で、おばさんにぶつかりそうになって舌打ちをされた。

 

舌打ちをされるまではいかなくても、私はよくムッとされたり焦れたような顔をされがちな気がする。

 

そういうとき、(小心者故に)申し訳なくなり萎縮し、しょげる。

 

ただ、このしょげる件については下らなすぎて周りの人に聞いたりインターネットで検索したりしていないので、事の真相は定かではない。

 

私の自意識過剰かもしれない。これがただの加害妄想だったらホッとするが。

 

しかし、人通りの多い場所を歩くというのは緊張感がある。例えるならば集団行動みたいな競技の何かをしている、という感じ。

 

それは多少なりともストレスを感じる。

殆どの人間が早歩きなので、気を抜けばいつぶつかってもおかしくないというのは間違いがないし、場合によっては危険だろう。

 

これは私の運動神経が悪いことと何か関係がありそうな気がするけれど、今回はそこら辺については考えないこととする。

 

それにしても何故ぶつからないのか不思議だ。

私から見る他人はまるで一本のレールを走ってるかのごとく堂々と、スムーズに、闊歩しているというのに。

 

で、何とはなしに、自分が何故舌打ちをされるのかを考えてみて、察してみた。

 

おそらく、

ぶつかりそうだと不安を察知した時点で判断せずに(なぜか保留する)先ず相手の出方を見てから動こうとしているからかもしれない。

つまり、相手の出方を伺って挙動不審になっている「間」がある。

 

そして、

相手がそのまま直進するのか避けるのか、保留を解除せずに、極限になってから不自然な動きを始める。

相手も「間」があるタイプだと、大変ぶつかりやすい。相手も流石に読めないだろうよ。最悪のケースだと、反復横跳びよろしく左右に反復する羽目になる。

 

多分コレでしょと思った。これは直さないと、他のシチュエーションで生活に関わってきそうだ。

 

ぶつかりそうだな〜と思ったらそれ以上考えないでサッと右か左に迅速に避ければ良いのだ。反復はやめよう。ネチネチした心理戦に持ち込む必要なんてないのだ。

しかし、今思えば、昔ほどは反復しなくなったな、ということにも気付く。

 

(というか、ギリギリまで判断しているのは相手が分かりやすい感じに避けてくれねぇかな〜みたいな保守的な期待もあるのかもしれない。)

 

・・このようにどこか保守的な気持ちでいると、その卑しさが仇となり、何かしらミスを犯すってことは実際にある。

 

とりあえず今後はぶつかりそうにならないように気をつけたい。