「詭弁論理学」

 

ねっとりじりじりと読み進めて、今日読み終わったので感想を。

 

これはツイッターでフォローしてる人がオススメしてて、その人の感覚、センスを信頼していたので買った本だ。

もしその人がオススメしなかったら、書店に陳列されていて、視界に入っても間違いなくピントが合うことはなかったと思う。なんかムズそ〜〜!!!って思って。

 

で、これを読み進めていったのだけど、まずは内容のザックリの印象から喋りたいと思う。

 

強弁

①例えばそれは、チンプンカンプンでおかしな意見を堂々と、さも正論かのごとく(時には騙そうという魂胆さえないままに)押し付けられることだったり。

詭弁

②例えばそれは、出鼻からチンプンカンプンでおかしいのはさっきと一緒なのだけど、その後の話術が巧みで内容が妙にまとまっているために話を真剣に聞きすぎて気がついたら丸め込まれていた(無意識に迎合していた)なんてことだったり。

きっとこの①と②、「ザックリ二種類」の、「口の達者な人」にしてやられた苦い思い出ってのはほとんどの人に経験があるんじゃないかと私も思う。

 

少なくとも、そういうとき「ん?」と思うんだけど、具体的にどこがどうおかしいのか、悔しいことに全く説明ができなかったりする。慎重な性格だと尚更そうなりがちだろう。

 

そんな日常のくやしさとかが、この本の内容の正体なのだと思う。それは、読み進めていくと紐解かれてゆく。

 

ところどころ、そこまで追及しちゃう?ってところまでグングン掘っていく執拗な分析スタンスがおもしろい。だが、あくまで観察で、屁理屈を身につけよう!っていう意地の悪いハウトゥー本ではないと著者も言っている。

 

・・つい箇条書きテンプレートブログになりがちなので、此処らへんで、印象に残ったところを紹介してみる。

 

【つまづきの石】という段落の、とある小説にでてくる、少女ロウズ・ブノアの話だ。内容は、

 

【 算術を学んでいる少女は、「残りは八つ」ということは理解できれど、それが八つの帽子なのか、八つのハンカチか、それとも八つのリンゴか・・・そんな考えが彼女を困らせるために、算術を理解できなかった、という話】である。

 

この本では、そのつまづきの石ころを探すには「とにかく喋らせることで見えてくる」と言っている。

相手の表現に目を光らせ、そして結果、石ころを探し出して導き出すだなんてとんでもないな!なんて賢く、カッコいいんだ!!!と私はそこでいたく感嘆した。

とっっても素晴らしいことだけれど並大抵、無意識ではできない。(心がけたいと思うけれど) だがきっとそこまでいくのは、アタマのよさ、才能もあると思う。デキる人には是非、人に教える仕事の適性があるよー!と伝えたい。

 

あと【四十人の貴族とその従者】の段落の掛け合いはとても秀逸なので是非読んでみてほしい。

 

またグルっと一周したいなーと思える本だった。