「NHKの番組」

 
今回は本じゃないけど、こんな感じのとかも書いちゃって、ごちゃごちゃでもいいかなあ〜と思えてきたので書く。
 

今日、なんとなく朝飯とも昼飯とも言えない感じでゴハンを食べていて、なんとなくテレビをつけたらチャンネルがNHKで、しかもその番組がたまたま始まったばっかりっぽかったのでこれを観よう〜!と思いリモコンを置いた。

 
その番組は、顔に障害のある女性のドキュメントだった。
その方は、ちょっとアザがあるだとか口が曲がっているだとかが吹っ飛んでしまいそうなほど、深刻な病状、ビジュアルをしていた。
 
眉がシュッとメイクで描かれていてとても綺麗な目をしているので、マスクをしていると『普通の女性』で何一つ気にならないけれど、マスクの内部には悲痛な歪みが秘められていることに、間違いなく、その場ですれ違った誰もが想像できない。
 
息子さんを出産された際に血管が破裂してしまって、更に、鼻と口が歪んでしまったらしい。確実にマスクをしないと外出ができない状態になり、悩みは深くなっていったという。
 
その方は家庭を持たれていて、素敵な旦那さんと息子さん達に囲まれながら、舞台やその他の仕事をされていた。離れて暮らすお母さんも、とてもいい方だった。
 
番組の終盤で彼女の舞台の映像を見た。しばらくして気がつけば、番組が終わっていた。
そのとき私はエネルギーのある彼女の姿勢に様々な思いが巡り、たまたま観てて良かったなあ〜、と思い、思わずブログを書いたのだった。
 
そして、この番組をみて、やっぱりコンプレックスの正体とは『他者との差異』なんだなあというのを再確認。自分はなんでどこそこが違うんだ、等。

そしてその気づきとはあくまで自発的であり『自ずと視野を調節し決定している』というか、まあ調節といっても、ひとが意識を持って苦しむ『コンプレックスの範囲』はやっぱり最大値があって限界があるんだろうな。なんて思った。
人間ってめんどくさい〜。
 
そして仮に何もかもにコンプレックスを感じられたのなら、それはある意味究極のストイシズムだし、ストイックなのにこれといった生産性・メリットがなく、神経を摩耗させていくだけなのだろうな〜とも思う。
 
そういうのは、無意識のうち、自分が必要なぶん、必要に応じて創り出していくんじゃないだろうか。それはある意味救いのある答えな気がする。有効活用できればいいな。
 
とかいう、そんな仮定があっても面白いかも?と思ったので今日ここに記してみる。