「ナミアゲハ」

庭の金柑の木に一匹だけアゲハ蝶の幼虫がいたので飼ってみた。

 

長年、いなくなってしまったもんだと思っていたから姿を初めてみたときは驚いた。

 

子供の頃、ポケモンキャタピーみたいで大好きだった。24才の私にとって、物心がほんの少しついたころには虫もポケモンもほぼ同時に目の前に存在していた。そんなわけでポケモンも、思い出深い存在だ。

 

ちなみに、そのキャタピーみたいな姿で金柑にいたわけじゃない。分かりやすくいうと鳥のクソみたいな感じでそこにいた。

 

それでも、アゲハの幼虫は鳥のクソを経て緑色の終齢幼虫に変態し蛹になっていくのは知っていたので、そんな姿を見つけた時点で胸が高鳴った。

 

その時点では可愛いとは思わなかったが、大切に育ててみたい、という意思はあった。

 

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大きめの飼育ケースに母のアイデアでカップに網目スポンジを入れ、そこに摘んできた金柑を刺した。

生きていくのに問題はなさそうな環境を用意し、ほとんど放置するような観察が始まった。

 

一週間ほど経ったが、動いているところを一度も見たことがない。

死んでいるのか、弱っているのか、食べているのかも把握できておらず、不安な状況が続いた。今思えばフンが落ちていたのだが。

 

そんな中、幼虫を拾った金柑を何となく見にいく。

思わず、わぁーっと声が漏れる。

 

緑の姿のアゲハ蝶の幼虫がいた。何年ぶりなんだろう。実在するとは。

 

今飼っている幼虫を拾ったとき、確かにその一匹しか見当たらなかったのにそれよりも成長が進んでいる幼虫がいるなんて思いもよらなかった。

それにしてもうちの幼虫は大丈夫なのか。

飼育だと発育が悪いのか?日光?

 

翌日も幼虫を見にいくと二匹に増えていた。

元気そうでスベスベした緑の肌が美しい。

しかしその後、翌日・翌々日と見つからない日が続くことに。

どうやら、野生の終齢幼虫はある日を境に姿を消すのが常のようで、大きい子を見つければ大抵翌日には姿を消すのだった。蛹になっていればいいのだが。

 

 

 

こうやって日が進んでいくと、飼育していた幼虫に大きな変化が訪れた。

相変わらずの鳥のクソの姿だが、むしゃむしゃ葉を食べる姿を見せるようになったのだ。

フンの量が尋常じゃない。

黒くて小汚い色なのだけどずんぐりと明らかにふた回り以上成長していて、ある日様子を見ると、背中がうっすら緑がかっていた。

緑色が現われたことにワクワクした私はインターネットで調べると、緑色の幼虫になる一歩手前の状態だということがわかった。

 

 

 

翌日、見にいくと本当に緑色になっていた。

 

これは面白すぎる。こんなに嬉しい気分になるとは思いもよらなかった。

 

外で発見した幼虫が、自分の飼育している幼虫より大きかったのは複雑な気持でいたが、今やっと霧が晴れた。

着々とこいつも成長していたんだ。その緑の姿がハッキリと証明してくれていた。

 

嬉々として金柑の葉を足していく日々が続く。基本、葉の上で静止しているが、朝になると大量のフンと葉の無くなった茎が確認できた。

 

この辺りで愛着が増していく。緑の姿でも日に日に大きくなっていくのがわかる。

 

 

 

横からの体の厚みも相当なボリュームになってきたある日の夜、いつもカップに大人しくいる幼虫が、カップに挿してある茎のてっぺんから飼育ケースのプラスチック壁めがけて足を伸ばそうとうごめいていた。

 

足が浮くほど上半身を伸ばして浮き上がって飛び移ろうとしていたが、壁がツルツルのためマグカップから落ちるような危うさがあった。

思わず飼育ケースを開けて、手を伸ばす。安全な場所に移動させようと思った。

そうしたら私の指に気づき、足や吸盤でしっかりと掴みよじ登ってきた。地味に初めての触れ合いだ。

そのまま芋虫にしては凄い速さで上へ上へとよじ登る。

私の腕で蛹になられても困るし、それ以前の問題で困るので引き剥がしてもう一度手の甲に乗せて移動する場所を考えているとまたよじ登ってしまう。

仕方なく(ここは高さがあり心配だったのだが)枯れ枝や割り箸などを挿して蛹用に用意していたオアシスに乗せた。まだ餌を食べるのかどうかもよくわからなかったので、金柑の枝も挿す。

金柑の枝に乗せても葉っぱの先まで行き上半身を引き延ばし足を浮かせ、体が浮いた状態で左右を眺めるような調べる動きをする。

かなりの大きさの幼虫がそんな動きを繰り返すので、体の重みで葉が落ちて転倒しないかハラハラしたが、不思議とそんな事は一度もなかった。

 

朝起きて、幼虫を見ると枯れ枝にいた。まだ幼虫の姿だ。このときが、一番心配だった気がするのに、そのときの心配が漠然としていてうまく説明できない。

 

硬直しており、しばらく眺めていると下半身が尻の端に向かって縮んだような萎んだような感じになってきていたことに気づく。上半身はというと、右にひねり糸を出している感じだ。糸を出したら、体を反対側に反らし糸をピーンと張るような仕草。

ぷりっとして、水っぽい半透明の緑色の可愛らしい姿もここから数時間の間で終わってしまうのだろうなと悟った。

 

 

 

その日の夕方に見ると、ネット検索で見た「前蛹」になっていた。完全に、静止していた。

 

翌日の朝。腐敗したような色に変色していて、どことなく萎んでいる。ああ!心配だ。

 

そう思っていた矢先、体が揺れ始めた。まさかのまさか、私の目の前で蛹化が始まったのだ。緑に黒が混じった姿で、幼虫のときの皮を激しい動きで捻り落とし、また、静止した。

 

 

 

それからは動かない。

夕方、また様子を見ると、全体が白っぽくびっくりするほど変色していた。イボっぽくゴツゴツしており、羽のような模様が見える気がした。

朝、緑っぽい蛹になったと思ったら夜には完全に変色し固そうな姿になっているとは。

 

粉を吹いたような白っぽさがカビなのではと心配になったが質感は乾燥しているようだし、左右対称のイボや斑点、セミの羽のような模様、寄生虫がいる場合の模様とは違うと現地点では判断できるかなぁと思い無事羽化することを信じることにした。

 

 

 

信じて、待つこと2日後。

いつものように朝早く様子を見に行くと、膿のような、蜜のようなものが蛹から垂れている。

そのまま視線を落とすと見たくもないものが落ちていて、ああ、その白い蛆虫の姿を認めた瞬間、やっと諦めた。

 

寄生されてたんだ。普通のトーンでのああー、という言葉しか出なかった。

私は心が弱いので、そこで画像を撮ることはできず、庭のミカンの木の下に、埋めた。

糸を切って体だけを埋葬しようかと思ってきたけれど、蛹のはいた糸を初めて触ってみると思いの外釣り糸のようなしっかりとしたものだったためそのまま、枝と共に埋めてしまった。

 

天気雨のような粒をぽたぽた落としながら埋葬し、気持ちの整理をした。

 

野生のアゲハは200個のタマゴをうみ、そのうちの2匹蝶になれば順調という厳しい世界。

 

また、再挑戦しよう。